別ブログで、常連の「ゆーぱぱさん」からこんなコメントを頂いた。
13日に書かせて頂いた「鬱病」と軽々しく言うな!に対してのものであった。
それでなくても「教育現場」が問題になっている昨今。
ゆーぱぱさんのコメントを、一人にでも多く伝えたくて、今回ブログ立てさせて頂いた。
タイトルは「もうひとつの偽うつ病」 以下は原文のまま掲載させて頂く。
今、学校関係者は心の病について一生懸命勉強していらっしゃいます。
教える専門医も事例を出して、わかりやすく病名を教えてくれます。
先生方は教わった病名と処方箋を頼りに問題のある生徒に病名をくっつけて(ラベリングと言う)病院へ送り込みます。
なぜなら先生が先生に教わったんだから病名をつけないと報告書がかけませんから。
かくして、生徒との会話や家族との意見交換が不十分なまま「うつ病」「ADHD」など病名を勝手につけられた生徒は精神科に送り込まれます。
これを受け入れる精神科の医師もラベリングが好きな方と患者との会話を第一にする方の2タイプがあり、当然後者のほうが時間もかかりますが、確実に治癒へ進む可能性があります。
かくして「優秀」な先生は「積極的」に生徒を「型」にはめてラベリングし、効率的に対応して成績を上げ、評価され、偉くなって行きます。
人間の精神的な苦しみはそんなに間単に病名や処方が決められるのでしょうか。
原因は家族や環境などが複雑に絡んでいるはずなのに、パソコンのエラーメッセージとは違うはずなのに・・・
これ以上具体的な事は危ないので書きませんが、挫折も失敗も知らない優秀な先生は生徒を野菜の選別みたいにより分けて、手間のかかる生徒はよその機関に送り込む事が最善と信じているようです。
忙しいから?だけですかね。
一通り読ませて頂いて、怒りを感じた。 二度目に読んだ時は、涙が出そうになった。
「これが教育現場の実態なのか?」
「本当なのであれば、余りにも酷すぎる。」
ワタシの別ブログ常連であるゆーぱぱさん。
今までの記載には嘘は無かったので、更に怒りが込上げてしまった。
その様は、かつて経験した「農協共選所」の果物の選果方法と何処も変わらないと感じた。
かつての「腐ったみかん」と言う台詞は「金八先生の名言」であった。
でも、よりによって「本当に生徒を果物扱い」にする事は無いだろう。
「お前らは何の為に教育現場に生きて居るんだ。」
「お前らは自分が“選ばれし人間”と、神様気分ででも居るのか。」
それは、全ての教育現場の人間がそうして居るとは限らないと思う。
しかし「一握り」だとしても、それは許せる行為の筈が無い。
だから教育現場が荒れてしまう事もあるのだろう。
本当に世の中は聞いてみなければわからない。
知り合って、本気で意見交換をすると、こんな勉強も可能になる。
そんな時に「顔出し・正体を明かす」ブログ立てをして良かったと思う。
それよりも、この様な事は「起ってはならない事」である。
だから再度、我が身に置き換えて考えなければいけない事があるのだ。
だから再度、我が心を質さなければいけないと思うのだ。
だから・・・
「偽りの病名を増やすから悪い」事を反省しなければならないだろう。
「偽りの病気でズルをする」事を反省しなければならないだろう。
自分の身内が「精神病」って理由なら、恥ずかしいから訴訟を起こさない。
そんな人間心理を判っての確信犯である事は確かであろう。
「内気」や「表現出来ない」事は、決して「鬱病」ではないだろう。
それを何故、親はわかってあげないのだろうか。
それを何故、親はわかろうとしないのだろうか。
それを何故、教育現場は「枡で量る」事しか出来ないのだろう。
それを何故、教育現場は「色分けする必要性」があるのだろう。
まさか「狂育現場」に変遷してしまった訳ではあるまい?
だからもう・・・
変な処に「被害者意識」を持つのはやめよう。
本気になって「抱きしめ」「殴り」「泣く」事をしてみよう。
学校で殴られても、近所で怒られても「本当」を本人から質そう。
「心」と言う「最大の絆」は「分かち合う」事を可能とする筈なのだ。
お願いだ。本当にお願いだ。
学校の不正云々よか「家庭の行き届かない間違い」を質して欲しい。
心から、心からそう思った。
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by とろとろとろ
「やられちまったぁ」の光景